信頼創出イベント

過去の開催イベント

【イベントレポート】立教大学×信頼資本財団 公開講演会 『信頼社会への挑戦』(2011年10月23日)レポート①

信頼資本財団と立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科は、このほど公開講演会『信頼社会への挑戦』― 3.11の悲しみを乗り越えて、今、日本の社会を再構築する ―を開催しました。 

会場となった立教大学の池袋キャンパスの教室には、150名ほどの方々にお越しいただきました。参加いただいた皆さまは世代や立場もさまざまで、社会的な関心の高さを伺えました。

本シンポジウムでは、人と人、人と社会、人と自然との「関係性」に焦点を当て、「信頼」に基づく持続可能な社会「信頼社会」を実現するための対話と実践を始めようという意図で議論がなされました。3.11以降の社会で問い直されている「人間」と「自然」、「生」と「死」という根本的な問題から、未来の社会の在り方までが展望された大変充実したシンポジウムとなりました。

全体.jpg

■パネラー
内山 節 氏(うちやま たかし/立教大学21世紀社会デザイン研究科・文学部教授)
熊野 英介 氏(くまの えいすけ/公益財団法人信頼資本財団理事長)
中村 陽一 氏(なかむら よういち/立教大学21世紀社会デザイン研究科教授)

■コーディネーター
石川 治江 氏(いしかわ はるえ/立教大学21世紀社会デザイン研究科教授/公益財団法人信頼資本財団理事)



-基調講演
内山 節 氏(立教大学21世紀社会デザイン研究科・文学部教授)

内山氏(基調講演メイン①).jpg
「等身大の課題」と「これからの歴史」

今日は、等身大の課題と、これからの歴史をどうするのかという課題を、どうつなげるか。これを考え、問題をここに絞って、お話しさせていただきたいと思います。

まず、等身大の課題ということからお話しさせていただこうと思います。

3.11で明らかになったのは、個人個人が大きなシステムを持った社会に振り回される状況です。それに対して、昔は等身大の世界の中で教訓を残し、広い地域の人たちが結び合って災害を乗り越えていた。

今までの(近代の)社会というのはもう限界にきている。

今までのものを復旧するという形での復興はできない。ギリシャ問題にしてもどうなるか、ヨーロッパがこれからどうなっていくかわからない。アメリカだって債務の問題がある。これからどうなっていくかもよくわからない。

では人間たちの等身大の世界とは、どういうものか。

欧米型社会は生きている人々がつながり、そのひとりひとりが神と結ぶということによって日々の生活のあり方を見つけ出している。神と結ばれるということで、等身大の世界を見いだせるんです。

日本では、生きている人間と自然とが同様なメンバーとして、それを分けることなく等身大の世界をつくりだしていた。

また、柳田邦夫が"過去の農村では、魂が生活圏の森に還っていく"と書いているように、日本では死者というものが遠くに行かない。私たちの生活圏の中にいる。

かつてですと、"ご先祖様が悲しがる"という教育を受けた。それはご先祖様が近くで自分たちを見守っているということです。
そのころの私たちの社会は、自然と人間がつながっていて、死者が傍らにいるという社会であった。

内山氏(基調講演②).jpgのサムネール画像私は、生活の半分が群馬県の上野村にあるんですが、上野村にいると"ご先祖様"を感じる。
先輩たちが千年前から作ってくれた畑を受け継げば作物ができる。ご先祖様が作ってくれた土台の上で生きている。
そういうわけで、霊魂があるかないか、という話は別にしても、素直な生き方の中でご先祖様を感じられるわけですね。

すなわち"つながりの社会"のなかに日本の社会というのはあった。そういうところで等身大の社会を作っていかなければいけないと思う。

歴史のほうを考えると、昔はみんな、ヨーロッパであればギルドとか、日本であればムラに属して生きてきた。対して、近代の国民国家は個人化された国民を国家が一元管理している。

近代・現代は資本主義社会、国民国家、市民社会、近代技術の四つの要素でできてきた。
この4つは、個人というものと大変親和性が高いんですね。人間が"個人"になることでうまく組み合わされて働いた。

上野村は高齢者ばかりで、資本主義社会にはぜんぜん寄与していないんです。みな狩猟や採集、農耕で豊かな生活をしている。困ったことがあってもすぐ助け合える。しかし、資本主義はこういう社会を否定した。

市民社会も個人を基準にして発展した。近代技術も個人のための技術として発展していった。
全てが個人が基礎になることで、個人になじみやすい仕組みが出来上がっていったんです。

個人が軸になると言いますか、言い換えれば個人が孤独になって、NHK的に言えば無縁社会になった。個人というものが本当に良かったのか。

自分たちが結び合って等身大の社会を作っていくということが、個人を基準にした社会を変えていくということにもなると思います。
地域社会が力をもつということにしていかなければいけない。自然との結びつきを大切にする。

哲学で問題となる、いつか必ず死んでしまう有限な自分と、それを意識しない無限な自分。その矛盾の解決というのは、宗教が担っていました。
それが日本においては、日常の生活で死者と生者をつなぐ。そういう永遠の社会をみていた。

3.11では、単純なボランティアから一歩前に出て、一つのビジネスとしてそれをやるようなものが出てきた。目的は利益の最大化ではなく、地域を活性化するためのビジネス、そういうものがいろんな形で登場してきた。

市場経済、市場を通して利益を最大化させるという経済だけではなく、エシカルエコノミー、道徳的、倫理的なものを軸とした経済を、これからは考えていかなければいけない。

等身大の世界を作ることと、歴史の転換をどう行っていくかを考えなければならない。

<レポート② パネルディスカッション レポート>

このページのトップへ▲